「蹴りたい背中」(綿矢りさ)

にな川とハツではそのタイプが大きく異なる

「蹴りたい背中」(綿矢りさ)河出文庫

授業でのグルーピングで
「余り者」となったハツとにな川。
ハツがにな川のながめている
雑誌をのぞき込むと、
そこにはかつて会ったことのある
モデル・オリチャンが
載っていた。
にな川はハツに自分の家まで
来てくれと頼み込むが…。

十年以上前に本作品を初読した際、
どこがいいのかわかりませんでした。
ただ不思議な感覚に満ちた文章であり
作品であったという印象しか
ありませんでした。
今回再読(3回目)して、
ようやくわかりかけてきました。

にな川もハツも、周囲から
いじめられているわけでも
シカトされているわけでもありません。
二人が周囲に溶け込めないのです。

にな川は最初から集団に
関心を持っていません。
一人でいることに
苦痛も感じていません。
集団の中で生きなくてもいいという
人間なのです。
それは学級の中だけでなく、
母親との関係においても同様です。
家に招待したハツに対して、
家族へのあいさつを省略させる経緯も
そこから来ています。
彼は家族という集団に対しても
所属意識が希薄なのです。

彼の視界には
「オリチャン」なるモデルしか
入っていません。
どうにも気色悪さを感じてしまいます。
しかし興味の対象が
たまたまモデルだったのです。
それが芸術やスポーツであったなら、
決してそうは感じさせないはずです。
彼は孤独を気にしない
我が道を行く男なのです。

一方、ハツは
群れるのは嫌だけれども
一人もいやという、
集団に適応できない少女なのでしょう。
本作品はハツの視点から語られるため、
そうしたハツの人間性が
うまく読み手に伝わるように
用意された人物が絹代です。
彼女の次のセリフがすべてです。
「ハツはいつも
 一気にしゃべるでしょ、
 それも聞いている人間が
 聞き役に回ることしか
 できないような、
 自分の話ばかりを。
 そしたら聞いている方は
 相槌しか打てないでしょ。
 一方的にしゃべるのをやめて、
 会話をしたら、
 沈黙なんてこないよ。」

彼女は周囲と
上手につきあいたいけれども
それがなかなかできないのです。
つまりコミュニケーション能力に
欠けているのです。

同じ「余り者」であっても、
にな川とハツではそのタイプが
大きく異なります。
その二人が接近したときに
何が起こるのか。
本作品は、そんな実験的な
小説であるような気がします。
ハツがにな川の背中を
思い切り蹴った行為も、
その後のさらに衝撃的な行為も、
やはり愛情が歪な形で
表れたものなのです。

本作品の発表からすでに
二十年近くが経ってしまいました。
現代の子どもたちの方が、
「にな川」タイプ、「ハツ」タイプは
数多く存在しているはずです。
今の中学校3年生は、
綿矢りさの瑞々しい感性で著した
本作品をどのように読み解くのか
興味があります。

(2020.4.15)

coji_coji_acさんによる写真ACからの写真

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